2011年11月10日木曜日

旅の始まり〜1985年


ホテル暮らしと珉珉の餃子」からの続きです。(この記事の一番下、または左側のラベル内の「History」をクリックして頂けると回想系の記事をまとめて読めます。)

1985年の春、大江千里君の3rdアルバム「未成年」が発売され、それに伴うツアーが始まりました。手帳によれば4月24日から5月30日まで9公演。大きなホールで演奏するのは勿論初めてでしたし、大きなセット、様々な演出、観客の歓声など、忘れられない思い出です。

このツアーの大阪公演は「大阪厚生年金大ホール」でした。僕が初めて買ったロックのアルバム「Beck,Bogert&Appce Live」(ジェフ・ベックのライブ作品)が収録されたのがこのホール。そして、東京公演は「渋谷公会堂」。ここも高校生の時にPAのバイトで通った会場でしたから嬉しかったですね。

このツアーからコーラスの松木(濱田)美和子さんと豊広純子さんが参加。音楽的なことに加え、ビジネスとしてのプロのミュージシャンありかた(例えばスケジュール管理の方法やギャラの交渉の仕方)などを学ばせてもらったような気がします。それまでは演奏することで精一杯で、そんなこと考える余裕もありませんでしたからね。

ホール・ツアーに加え、夏は野外イベント、秋は学園祭ツアーとこの後、数年間続く旅から旅への生活が始まったのです。

ジャズやロックのミュージシャンというと、仕事の後は夜な夜な、浴びるように酒を飲む人が多い印象があり、飲めない体質の自分も飲まなきゃ行けない状況に追い込まれるのではないか?などと恐れていたのですが、ライブが終わるとホテルの部屋でルームサービスで食事を済ませるような現場だったので、やれやれ一安心。(後年、飲み屋で打ち上げが行われるようになりましたけど)

ライブの仕事というのは、移動している時間がとても長いので、どのように過ごすのかが課題なんです。80年代ですからウォークマンとかはもうありましたけど、僕はまだ買えなくて、ラジカセ(CDはまだ無い)を持って歩いていました。移動中はいつもヘッドホンで音楽を聴いていたような気がします。

そういえば80年代はツアーの仕事のことを、業界用語(逆さ言葉)で「ビータ」なんて言う人もいましたが、さすがに最近は誰も言わなくなりましたね。

そして、この年の12月。20代中盤になっていた僕は、それなりに収入も上がってきたこともあり、生まれ育った杉並の実家を出て、浦安での一人暮らしを始めます。もう、それから26年も経っているということか…。

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